デュッセル村便り 
ドイツは今!"Duesseldorf Heute!"・デュッセルドルフからの情報発信

デュッセルドルフの繁華街オシャレな通り:ケーニヒス・アレー

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「ヤーパンターク」(「日本デー」) デュッセル名物「側転小僧」 ドイツ国際平和村の祭り
ベルゲン・ベルゼン収容所を訪ねて ドイツのクリスマス フランスへのヴァカンス
ドイツ−イタリア戦観戦記 日本−クロアチア戦観戦記 日本代表がボン入りをしました
聖霊降臨祭・市民の楽しみ 旧市街・アルトシュタット散策 停まって待ってくれるバス
ドイツの中古車事情 デュッセル・マラソン ドイツのすごい法律
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<投稿者紹介・プロフィール>
 投稿者はこの2006年4月からお仕事でドイツの大都市、デュッセルドルフにお住まいになったGata(スペイン語で「猫」の意)さんです。ご趣味は旅行、英会話、スペイン語など、特技はスポーツ全般、日本語教育など多才な方です。
 
 この町はヨーロッパの二大河川の一つライン川河畔にあって、いわゆる「ライン工業地帯」の都市のひとつで、エッセン、ケルンといった他の大都市とも車でちょっとの位置にあります。「ドイツの小パリ」といわれるファッションのオシャレな町で、市内にはゲーテ博物館があり、郊外には旧人類「ネアンデルタール人」の遺構もあります。
 
 
 この町はまた、ドイツでいちばん日本人の多い町で、日本企業も多数進出しています。日本商工会議所やドイツに4つあるジェトロの一つや日本人学校があります。日本食品店や和食レストラン、寿司屋もあって、値段は高くても生活そのものは便利なようです。
 
 彼女の明るくざっくばらんな分かりやすく生活が分かるメールを元に、異文化理解を進めたいものです。今年は赴任二年目ですので、今まで以上に活動的になり、ヨーロッパ各地の様子もレポートされると思います。引き続きご期待ご愛読下さい。


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June 16, 2007
「ヤーパンターク」(「日本デー」)/デュッセルドルフ名物:「側転小僧」/『ドイツ国際平和村』のお祭り



 「ヤーパンターク」(「日本デー」)

 6月はじめに『ヤーパンターク』がありました。ニューヨークでも今年はじめて『JAPANディー』が催されたようですが
今年で6回目になるそうです。昨年は残念ながら強風で中止になりました。 土曜の昼過ぎから、盆栽の紹介、日舞の紹介、書道の紹介 なんと言っても不思議なのは日本=コスプレです。これは日本の漫画文化の影響でしょうか ナルトに扮した少年少女が街にあふれています。催しの一つとして、アルトシュタットでストリートバスケットがありました。

 
 地元の日本料理店の出すにぎり寿司は8オイロ、唐揚げは6オイロそれでも飛ぶように売れていました。なぜか、買っている人はドイツ人が多かったように思います。
 

 夕方暗くなるのは10時過ぎてから、10時からはBON TANZ『東京音頭』を踊りました。やっと暗くなった10時半から、ライン川で花火大会です。ライン川で花火大会!!遠くドイツに来て日本の花火が盛大に見られるとは思いませんでした。これもどうやら今年までという噂もあります。9.11やロンドンでのテロの影響で日本から大量の花火(火薬)を輸送することが難しくなっているそうです。一足早い、ドイツの夏です。

 

                                   (この項おわり)

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 デュッセルドルフ名物:「側転小僧」

 デュッセルドルフの名物の一つになぜか側転小僧があります。それを記念してかどうかは分かりませんが
『側転大会』なるものが催されます。きょうはその『側転大会』の日でした。側転小僧ならぬ、側転少年少女が沢山集まりました。

 
 
 そして目にもとまらぬ早さで?15mの距離を1mの幅からはみ出さないように
側転の早さを競いました。日本の運動会でやってみてはいかがでしょうか?

 

                            (この項おわり)

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 『ドイツ国際平和村』のお祭り

 ウルルン滞在記で東ちづるさんが紹介していた、『ドイツ国際平和村』をご存じでしょうか。この平和村が、デュッセルドルフから40km先のオーバーハウゼンという隣町にあります。今日はそこのお祭りに行ってきました。活動の主体は、戦災により傷ついた子供達の医学的な治療で、現地ではできない手術や高度に治療が、ヨーロッパでなら出来る場合、あるいはより良い治療がヨーロッパでなら出来る場合、そうした子供達をヨーロッパに連れてきて治療を受ける機会を提供するということである。但し、その両親ないし、片親が現地にいて、治療が修了したら、子供が親の元に帰ることが前提になっている。
                                                          (Wikipediaより)

 
 現在100人の2歳〜12歳の子供たちが入所しているそうです。スタッフは研修生を含めて100名。3交代制で子供たちの世話をしているそうです。日本人の方もかなり沢山いらっしゃいました。また150名は現在ドイツ国内の病院で治療を受けているそうです。治療が終わってリハビリと帰国までの時間をこの施設で過ごしています。子供たちの治療費は全て病院が持ちます。そして、ここでの生活、ここへ来て帰るときの飛行機のチャーター代などは全て寄付でまかなわれています。

 
 
 ドイツ国際平和村のHPのアドレスです。是非、ごらんになってください。日本からでもできることが
沢山あるようです。  
公式サイト:http://www.friedensdorf.de/welcome3.html

 
  
 私の目の前で6歳くらいの男の子がスパイダーのぬいぐるみを持って遊んでいました。そのうち、シュパーカッセ(ドイツの銀行)のマークの入ったサッカーボールを持ってきました。指の上でボールを回すことに挑戦していました。私が両手を差し出すと、私にボールをくれました。何度かやりとりをしている中で、屈託のない笑顔にふれましたが、首筋から衣服に隠れているケロイド・・こんなに幼い彼には私たちの知り得ないつらい過去があるんだとつくづく感じさせられました。車いすの子、足先のない子、松葉杖の子・・でも、ここに来られた子は親元を離れたとはいえまだ・・・・・ドイツの青いそらと子供たちの笑顔

 
 
 東ちづるさんの「善意、それはお金でもあります」 お金だけ出して何もしないのは偽善ではないかと言われますが、お金が必要なんですね。お金がないと活動ができないのです。だから、何もできなくてもコーヒー1杯分のお金でいいから出すことが大切なのではないでしょうか。と、気軽に貢献?ストラップとバッチを買い、平和村の通貨(WM)に換金しコーヒーとケーキ、ビールに舌鼓を打ちました。

                                    (この項おわり) 

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April17, 2007
アンネ・フランクの亡くなったベルゲン・ベルゼン強制収容所を訪ねて


こちらは春爛漫!!土曜日は30度ありました。
やっとよい季節になり、時間を見つけてはドライブをしています。
先々週はツェレからヴェルニゲローでを周りやく800kmのドライブを2日間かけてしました。先週末はやっと念願のオランダの大堤防2日間で630Kmのドライブをしました。

さて、ツェレはカラフルな木組みの家が有名で”北ドイツの真珠”とも言われる街です。この、まるでテーマパークのような建物が街中に保存されているのです ドイツではあちらこちらで木組みの家を観ることができるのですがここでは大変カラフルで、1回は当たり前にお店だったりするのですが、大変丁寧に街を保存してあります。

        
ちなみにこれがマクドナルドです


ここにきた理由はこの街を観ることもそうだったのですが、ここから40分ほど車で走ったところにあるベルゲン・ベルゼン収容所跡地を訪れることが大きな目的でした。
ベルゲン・ベルゼン収容所はあの「アンネの日記」で知られるアンネ・フランクが15歳の短い生涯を終えた地です
1945年のイギリス軍が収容所の処理にやってきたときには多くの死体の処理が間に合わず
多くの人の亡骸がのこされたままだったそうです。



中でも映像にはショベルカーやトラックで多くの亡骸を埋葬する(といってもとても厳かにとか死者の霊を悼んでなどの言葉がほど遠い、ものとしての扱いでした)
様子が映し出されていました。
また収容所の施設は当時この施設に蔓延していたチフス(確かアンネもチフスにかかり衰弱してなくなったではなかったでしょうか)のためイギリス軍のよって全て焼き払われました。



アンネ・フランクと姉マルゴットを悼む石碑です。実際にはこの地のどこかに眠っているのですが、あまりの多くの亡骸の中から彼女たち(彼女たちだけではないのですが)を特定することはできなかったようです。資料館にはここでなくなった方の名簿があります。もちろん彼女たちの名前もありました。



この地には至る処に築地がありその前に「1945年4月1000人の亡骸」などと記されています。いったい何人の人がここに眠っているのでしょう。
 
次の日はヴェルニゲローデからSLにのってブロッケン山に登りました。

 
そうです。あのブロッケン現象で有名な山です
ここハルツ地方では最も高い山、といっても標高は1142mですが
でもやはり山は山、頂上は3度。雪もしっかり残っていました。
東西ドイツ統一前は、国家秘密警察のレーダー施設などがあり一般人は訪れることができなかったそうです。

 
 
ハイキングコースとしては絶好の場所でアウトドアが好きなドイツの方は歩いて登っています。

 
ヴェルニゲローデの街から約2時間をかけて山頂まで登ります。
このハルツ鉄道では23台のSLが全て現役で活躍をしています。

     
 
3月にはチェコへも行きましたが、そこでもテレジーンの強制収容所を訪ねました。
                                         
 (April,2007 デュッセルドルフにて)
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2006年
フランスへのヴァカンス・世界遺産「モン・サンミッシェル」 Dez.24〜26
今回はケルンからタリスでアーヘン→リエージュ→ブラッセル→パリへ行きました。約3時間40分くらいかかります。1等車にのったのですが、軽食、昼食が出ました。もちろんビールやワインも出ました。
パリへ旅行に行ってきました。しかし!!!ヨーロッパは12月24日25日26日はどこもここもお休みです。唯一運行していたツアーに参加して(もちろんこのツアーも25日はお休み)モンサンミッシェルへ行ってきました。パリからバスで4時間ちょっとこれは入り口にあった百年戦争に使われたという大砲です。
ここは修行僧(?)が唯一おしゃべりをしてよい回廊だそうです。この回廊から、食堂や礼拝堂どこにでも行けるようにできています。今は中が庭になっていますが、当時は屋根があったそうです。すみには脚洗い場が2カ所あって、ここで手や足、頭(沐浴のようなもの)をしていたそうです。後の場所は口を利いてはならなかったので、くつろぎの場だったようです。現在、この赤い大理石の柱は新しくした物ですが、10本だけオリジナルが残っています。
冬はどんよりと曇っている日が多いので、青い空に映えると言うわけにはいきませんでした。堤防をつくって車で近くまで行くことができるようにしたばかりに、川から流れてきた土砂がつもりこの手前2kmくらいは海に沈むにもかかわらず緑色になってきています。このままだとここは完全に陸続きになってしまうため土砂を掻き出していますが追っつきません。6年後の完成を目指して、1km手前から橋を架けるそうです。橋を架けてその下を砂が流れ出るようにするそうです。昔の巡礼者はこの海の中の教会に歩いてきていたそうです。ここの土はセメント質で靴につくと落ちないそうです。
(パリ)ムーランルージュです。いわゆるキャバレーですが、本当に芸術とも言えるショーが見られました。トップレスのお姉さんが本当に美しく踊りを見せてくれました。ステージに大きな水槽がせり上がってきて、その中には大蛇が4ひき美女が大蛇と絡みながら泳ぐといったショーそして有名なカンカン。フランス国旗の彩りのスカート、中にはいている下着も靴の裏も国旗の三色カンカンを踊れるお姉さんは胸を出さなくていいそうです。(格が上ということらしいです)
(パリ)ノートルダム寺院(大聖堂)・・クリスマスに開いている場所というと寺院です。ミサをやっていました。そして屋上階には、25日にはあげてもらえませんでした
(パリ)サクレ・クール寺院です。ここも青い空には映えるところですが、やっぱり曇りでした。そして、ここもミサをやっていました。
 
ヨーロッパでこの時期に観光をするのは本当に大変です。せっかくいってもお休みのところがほとんどです。日本からツアーで行っていたときは何とも思わなかったのですが(もちろん土産物屋さんは開いているのですが)旅行会社も相当苦労していることでしょう。

キリスト教の国は普通の時でも日曜日はお店がお休みです。日本のようにコンビニエンスストアーなどはあり得ないことです。でも唯一ガソリンスタンドは開いていて、いざというときはそこである程度の物は間に合わすことができます。日曜日には飲食店と土産物屋以外は開けてはならない法律があります。それを破ると工学の罰則金を払わないとならないらしいですが以前それを無視して開けたデパートがあったそうですが、罰金を超えるもうけがあったそうです。

ドイツでは今年ワールドカップがありその期間は日曜日も開けていいことになっていました。また、クリスマス一ヶ月前は10時まで開けているデパートもありました。(8時までと決まっています)そして、冬時間になった日も日曜日でしたがデパートが開けられていました。11月の終わりから営業時間の法律が変わって、時間は制限をしない、ただし日曜日はだめ、クリスマス期間だけ日曜日1回だけ5時間開けてよいなど、少しゆるくはなってきています。
 
こちらの人にとってクリスマスは家で家族とすごす、大晦日は友達と過ごすそうです。パリのレストランで24日に夕食をとっていたところ、隣の座っていた一人のおじさんにフランス語で「クリスマスおめでとう」と話しかけたら今日はまだクリスマスではないから、それはいわないよと(フランス語だったのでたぶんそんなことを言われていたのでしょう。想像の世界です)といって、私たちにワインをごちそうしてくれました。


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2006年
クリスマス・マーケット Dez.26
ドイツのクリスマスマーケットです
こちらは、もっとも規模が大きいと有名なニュルンベルクのクリスマスマーケットです。小さな小屋が一杯建って、クリスマスのオーナメントや、クリスマスのお菓子、そしてグリューワイン(温かいワインです)を売っています。グリューワインのカップには、場所の名前や年が入っていて各場所で形や色、デザインが異なります。ドイツの容器にはプファンドがかかっていて、容器を返すと容器代が戻ってきます。だから、容器代をはらってもらって帰ることができます。日本からクリスマスマーケットのはしごの旅行でやってきていた方もカップを集めていらっしゃいました。

温かいワインというのは、すごく寒かったらいいのでしょうが、今年はドイツは1300年ぶりの暖かさとか
(そんなに前から観測されていたのか・・・それほど異常気象なのです)私は苦手なので、このカップにコーヒーや温かいブドウジュースを入れてもらってカップを持って帰ってきました。だいたい、カップは2ユーロくらいです。そういえば今ユーロがめちゃくちゃ強くて、160円近くなっているそうですね。クリスマスマーケットはだいたい11月最終の日曜日から12月23日までです。 
ボルツブルグのクリスマスマーケット昼間にいったのでちょっと雰囲気は出ませんが。まるでお正月前の門松のようですね。ろうそくを4本立ててクリスマスの1週間前から1本ずつ火をともしていくのです。
隣ベルギーブラッセルのグランプラスの光の芸術。ここにも大きなツリーが電飾されていました。ブラッセルのクリスマスマーケットは食べ物屋さんが中心でドイツのそれとはちょっと趣が違っていました。でもこの光の芸術はきれいでした。
こちらは、アーヘンのクリスマスの様子です。大聖堂の中では(確か世界遺産?)クリスマスのろうそくがともされていました。
こちらは、モンシャウといって、デュッセルドルフから1時間半の山の中にある木組みの家で有名街です。とてもドイツらしい小さな街ですが、そこのクリスマスマーケットはかわいくて美しいと有名です。しかし、大変な人で1,5kmくらい先まで路上駐車で帰りは街灯がないので真っ暗な道をひたすら歩きました。こうして、ドイツのあちらこちらではこの1ヶ月クリスマスマーケットが開かれています。どこの街も電飾でかざって、もちろん個人の家も力一杯飾ってクリスマスを祝っています。そして、25日、これらのクリスマスマーケットは跡形もなくかたづけられています。

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2006年

ワールドカップ・ドイツ−イタリア戦観戦記@アルトシュタット July 5, 2006


 日本では中田英寿選手の引退発表でワールドカップ2006は終結でしょうか。ここ、ドイツでは昨日、ドイツVSイタリアが終わり、少し落ち着いたと言ったところでしょうか。Uバーンの中には応援のためのグッズを身にまとった人がたくさんいました。顔に国旗のペイント。髪の毛もペイント。国旗をもって・・。

   
 
 昨日はわたしもユニフォームに国旗をもってアルトシュタットまで出かけました。なんだか夏祭りか花火大会に出かけるような気分でした。

    

 これは、街中のスポーツバーです。この中にはテレビが置いてあります。なんと、お隣はイタリア料理店!アルトシュタットにどれくらい飲み屋さんがあるんでしょうか。それぞれのお店がテレビをだし、プロジェクターをつなぎ大画面にしサッカーを放映しています。客はビールを飲みながら観戦です。テレビがないお店は閑古鳥が鳴いています。
 
   
 
 町々の要所要所にはたくさんのパトカーとポリッァイ(警察)が待機しています。さあ、ビールを飲みながら観戦です。国歌を歌ったり、旗を振ったり!!

 本来ドイツは先の大戦の影響から国家も1,2番は歌わないし、国旗をおおっぴらに掲げるとか学校でも集団行動とかやらないし、だいたい、手をあげるときは普通の日本の学校では手をそのまま挙げますが、こちらでは、数を数えるときの1の手(人差し指を一本だけ伸ばして)であげるそうです。
 
 そのドイツで、半分の車は窓に国旗を取り付け、家々のベランダにも国旗が掲げられ
大ぴらにできるのです。本来ドイツの人はたぶん愛国精神も強く、射撃祭の時の行進は抜群にうまかったのでこういうみんなで一緒にやることってすきなのではないでしょうか。

 一緒に応援していたドイツ人のおじさんがビールをおごってくれました。お店のママは腕にドイツ国旗のシールを貼ってくれました。残念ながら延長戦、あとわずかというところで負けてしまいました。おじさんはむちゃくちゃ残念そうに、「ツアーレン!(お勘定)」といって、お金を払って帰りました。

 アルトシュタットはまたしても、残念そうに国歌を歌いながら帰る団体と歓声を上げているイタリア応援団で身動きがとれない状態でした。警察が待機していたように一触即発!!という場面もありました。イタリア応援団がドイツ人をあおっていたのです

    
 
 これが、夜12時の駅です。電車の中も天井をたたきながら歌う集団!!こんな風にドイツ戦の夜は過ぎていきました。次の日、なんとあれほど国旗をつけて走っていた車が・・・・いないのでした。

 ワールドカップはフランスvsイタリアの対戦になりました。ドイツはポルトガルと3位決定戦です。日本ではとっくに終わったワールドカップですが、ここではあと少しお祭りがのこっています。ちなみに日本代表のユニフォームは65オイロ→25オイロに25日にはなっていました。


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ワールドカップ・日本−クロアチア戦観戦記@ニュールンベルク June 19, 2006
 
 18日当日の朝、急遽行かれなくなった方の代わりにクロアチア戦のチケットが手に入っって、行くことになりました。電話から20分後には駅に立っていたわたしです。日本代表のユニフォームを鞄の中に入れて。ICEで約3時間半、ちょうど東京に日帰り旅行のようなものです。
 
 ワールドカップ中は普段日曜日がお休みのデパートも開店しています。ドイツの電車の切符は休みの日に大勢で乗ると安くなります。日本のように往復ならちょっと安くなるとか、早く買うとちょっと安くなるなんてレベルではありません。チケットのことについては、まだまだ未知の世界なのでもう少し解るようになったら、お知らせします。
 
 ワールドカップのチケットを見せると、なんと電車料金が安くなります。日本で言う新幹線が割引になるのです。それも半端な学ではありません。もちろんニュールンベルクについてからのSバーン、Uバーンの料金は無料です。日本で開催されたときはどうだったのでしょうか??
 
 クロアチアの応援は行きのUバーンが揺れるくらいずーーっと歌っています。会場に入っても、地響きがするような大歓声です。独特の雰囲気で、会場に来たからこそ味わえる醍醐味でした
 
   

 テレビで映し出されたかどうか解りませんが会場に発煙筒を持ち込み、煙がたかれた場面もありました。こちら側は、クロアチアの応援団が多かったようです。
 
   

 後半の始まる前、「よしかつコール」が起こると、川口選手が手をあげて答えてくれました。本当に川口選手の大活躍の試合でした。前半のPKはどうなることかと思いました。試合後、クロアチア応援団の女性がユニフォームの交換をしないかと声をかけてきたので交換をしました。
 
   

 ニュールンベルクの駅は日本人であふれていました。わたしの隣に座っていた女性は、ミラノから入って、クロアチア戦、ブラジル戦と見るそうですクロアチア戦のチケットはどこで間違ったのか有効でないものらしく、会場外で買ったそうです120オイロ・・・高いのかどうか・・・。
 
 ニュールンベルクではフランクフルトまでの臨時列車が出ていました。なんと!!ニュールンベルクの駅で、取材陣と一緒の北澤豪 元日本代表と会いました。なんと!!わたしはそのときクロアチアのユニフォームを着ているではないですか。 
「試合前ならサインしないんだけどな」
「試合後、交換したんです」
「そういう交流って大事だよな」
と快くクロアチアのユニフォームにサインをしてくださいました。と突然舞い込んだ大変幸せな体験でした


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「聖霊降臨祭・・市民の楽しみ」
 
 こんにちは!!先週はコートの手袋がいるくらい寒かったのですが、昨日今日と30度を超す夏日です。ただし、湿度は22%とやたらのどが渇きます。短いドイツの夏です。先週突然、うちのボーヌング(アパート)の入り口が飾られ家の前で音楽隊が演奏しながら、ビールを飲んでいるのです。


     

 そういえば、週の初めごろから街中が飾り付けられていました。キルメス(移動遊園地)もやってきました。
キルメスはライン川の川沿いや空き地にやってきます。子供だけが遊ぶところかと思いきや、おとなも十分楽しめるところです。子供だけでなく家族で休日を楽しむ。子供のための楽しみでなく、大人も一緒に楽しむ。大人と子供が一緒に楽しむ。こんなところがドイツのよいところではないでしょうか。どこか遠くの遊園地に出かけるのではなく地元を大切にし、そこで、みんなで楽しむのです。

    

 日曜日にうとうとしていたら、なにやら外が騒がしく、あわてて外に飛び出してみると、マーチングに、馬車・・・・・賑やかなパレードが延々と続いているではないですか。疑問・・・年に1回しか着ないのに(たぶん)みんなおそろいの制服があること。ドイツでは集団行動は練習しないと聞いたのに、隊列がきちんと組まれて、曲がり角も列を崩さずに曲がっていきます。まさに、集団行動です。

    

 
写真では表情まで写せなかったのですが、皆さんとてもいい表情でした。聖霊降臨祭のあたりに行われる、メアブッシュ、ブーダリッヒの射撃祭だそうです。射撃のチームごとに隊を組んで行進をするそうです。隊員のいる家の前は、わたしのボーヌングの入り口のように飾るようです。とても小さな街ですが、1000人もの人が行進していたようです。観客もどこからやってきたのか!!と言うくらいたくさんいました。
 
         

 訳のもわからず「なんだろう!!」とうろうろしていたら、近所のおばさんが英語の辞書を片手に一生懸命説明をしてくれようとしましたが、たとえ、英語でも聖霊降臨祭だとか、射撃祭だとかは解るはずもなく、二人で困っているうちにおばさんの家の中に招待されてしまいました。ドイツ人の家は本当にきれいに片付いていると言われていますが本当でした

 なんとおばさんは、ベッドルームから、トイレまで自慢げに見せてくれましたが、どこもモデルルームのようにきれいにされていました。本当に生活をしているのでしょうか???と思うくらい本当でした。ドイツ人のおうちがきれいなのは。
 
 最終的による花火大会で締めくくられました。夜中の1時頃まで騒いでいたと思ったら、次の朝にはキルメスもすっかり片付いていました。残るはお馬さんの落とし物ですが、これも大きなブラシのついた車がきれいにしていっていました。
 

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FIFA WORLD-CUP, 2006
「日本代表がボン入りをしました」Sunday, June 11, 2006 @ボン

 日本代表がボン入りをしました。ボンの街はウェルカムムードです。街の至る所でサムライブルーの旗が掲げられています。


    
 
 入り口ではペットボトル、かさ、刃物は預けなくてはなりません。ボディーチェックもありました。グランドにはポリツァイもきて、さらに警備も厳重でした。


    

 素人目には結構だらだら練習をしていました。本来なら明日の(6月4日)マルタ戦がデュッセルドルフで行われるためデュッセルドルフで練習の予定でしたが、デュッセルドルフでデモがあるために中止になったようです。練習後、グランドからバスに向かうまでのところで、サインに応じてくれる選手もいました。

  
Herr Kapt.Miyamoto
               
Herr Ono
   Head coach"Zico"Herr A. A. Coimbra

・・・とこんな風に
それを、うえから、キングカズが見ていました。
 
 次の日のマルタ戦は1−0で勝ちましたが、これで大丈夫かなあと思う試合でした。デュッセルドルフで試合は10802人の入場者がありその9割以上が日本人でした。デュッセルドルフの日本人は約6000人ですから、ドイツ中から集まってきたようです。中には本戦のチケットがとれなかったので、先日のドイツ戦、今回のマルタ戦をわざわざ見に来ている人がいるようです。
 
 6月9日開幕戦でドイツが大勝しました。街にはドイツの国旗をはためかした車を沢山目にします。中には自転車につけている人もいました。ワールドカップなどあると、自分の国を意識しますね。次回はベルリンの予定です。

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「旧市街・アルトシュタット(Altstadt)散策
       
 
 このライン川沿いの街には500m四方の狭い区域に、レストラン、カフェ、ビアホールなどが建ち並んでいます。
土曜や日曜日に立ち寄ると、たくさんの人々がビールを飲んでいます。このあたりのビールはアルトビアAltbierといい、赤褐色のややポップの利いたビールです。ただし、お店によって苦みや甘さは違っています。コースターにえんぴつで線を引いて、何杯飲んだかを書き、後でツァーレン(会計)をします。だいたい一杯200円弱です。
 
      

 料理は
大きなお皿に山盛り。これはサラダを頼んだのですが,、直径10cm位のジャガイモに野菜がたっぷり。ドイツ人はこれを一人で平らげます。写真では、お皿の大きさがわかりづらいのが残念ですお店の方が突然やってこられて、「箸の持ち方を教えてほしい」と言われました(と言われたと理解しました。)教えてあげると、得意そうに自慢しておられました。

 今日はヤーパンタークJapan Tag(日本祭り)の予定でしたが、悪天候のため中止になりました。
ライン川沿いで盆踊りや花火大会が予定されていたので大変残念です。ドイツ人の方々も楽しみにしておられたようで、ここアルトシュタットでは日の丸の旗を各テーブルに飾って準備しているお店もありました。

 私たちがお店には行って食事をしていると、ドイツ人の観光客の方がこられて、ビデオカメラに写ってくれるように頼まれました。
「お寿司は食べないのか?」とも聞かれました。ここのお店でツナ巻きを食べましたが、なかなかいける味でした。巻き寿司になぜかお醤油とわさびがついてきました。

     

 ちなみにこのあたりには、スターバックスコーヒー、マクドナルド、ケンタッキーなどは沢山あります。
スターバックスコーヒーは「アメリカン」で一杯1.99オイロです。いかがでしょうか?。デュッセルドルフの街にまだ慣れないわたしは、デパートから出て、入った場所と違うところから出てしまって、自分がどこにいるのかわからない状態で、待ち合わせの場所に急いでいました。

 
もう、もう一度デパートに戻ってやり直そうかと思っていたところ、地図を持って車から降りてきた人に呼び止められました地図を指さして、たぶん「ここはどこにあるんだ」と聞いていたと思います。このようにドイツの方は日本人であろうと誰であろうと、近くにいる人に道を尋ねます。私たちが日本にいるときは、決して「外国人」と思われる人には道を尋ねませんよねえ。そのあたりが気さくというか、こだわりのないところでいいんでしょうねえ。しかし、道に迷っている人を選んで、訊ねてしまったところはちょっと失敗だったようですね(笑)

5月21日 

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「停まって待ってくれるバス」

 家から駅まで歩いて15分その道のりを走っていると、乗客を降ろして左ウィンカーを出して発進しようとしていたバスが、右ウィンカーを出して再び止まって、乗車口を開けています。あれ??どうしたのかな??誰も降りてくるでもなく、近くを走って乗ろうとしている人もなく???どうしたのかと思ってみていると、発進しました。どうやら、近くを走っていたわたしが乗るのではないかと運転手が止まって待っていてくれたらしいのです。
 
 在住の方に聞くと、「それがここの文化」といわれました。
そういえば、電車がまもなく発進しようとしていたとき、乗ろうと走ってくる人を見かけると、ドアの近くにいた人がドアを手でブロックして、発進しないようにしてあげています。全然知らない人にでも、そんな心遣いができる国、それがドイツです。
 
 でもお店では卵のパックはちゃんと開けて確認してから、器具はちゃんと動作確認をしてから買わないといけないよ!!と教えられました。買った以上、買った人の責任で、壊れたものを選んで買った人の責任になるようです。だから、「これ壊れていたので交換してください!!」はよほどのことがないと、というより、よほど頑張らないと難しいそうです。(実際に試したことがないのでわかりませんが・・)

5月10日(水)

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「ドイツの中古車事情」

・・・早く車が欲しいです。わたしのボーヌング(注:住まい)のある駅、メアブッシュ、ブーダリッヒというのですが、その次の駅に行くまでの田園地帯はいま、菜の花が真っ盛りです。ライン川まで歩いていくにはちょっとあるので、早く車がほしいです。
 
 メルセデスかアウディーを探してもらっているのですが、こちらでは7,8年もので7,8万キロ乗っていても全然値が落ちないのです。新車でも日本より高いような気がします。ベンツのBクラスくらいのがほしいと言ったら、「これは半年前に出たばかりで買うと450万くらいする」と言われました。日本では300万弱で出ていたんですけどねえ・・・。

 マツダでもホンダでもトヨタでもよいのですが、日本車の方が故障が少ないと言います。
せっかくこっちに来たのだから・・・でも中古車に3、400万出すのもなあ・・・。ただし3年後に帰るとき、日本のわたしのチェイサーのように、売る時に5万円なんてことはないようで、ベンツやアウディーは値が落ちないそうです。
 
 自分の足で探せないし、自分で交渉ができないので、仲介人頼みではなかなか決まりそうにもありません。お店が開いている日には仕事で行けませんしね・・・。ネットがつながった今は、欲しいものは車です。

5月9日(火)

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「デュッセルマラソン」


    
 
 デュッセルマラソンを観に行きました。走るだけではなくインラインスケートとか車いすとか自転車とかレースがあるようです。写真ではうまく伝えられないのですが、もう街中で盛り上げているのです。


    
 
 給水ポイントでは私設(?)バンドが至る所に登場!!雰囲気を盛り上げています。また、これも私設給水所で小さな女の子がお父さんとペットボトルをいくつか持ってきて、紙コップに水を注いで選手たちに差し出しているのです。

 Uバーンという電車で移動したのですが、バギーをおろそうとしていたご婦人を全然見ず知らずの人が気遣っている。これがドイツの人なのです


5月7日(日)

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「ドイツのすごい法律」(第一信)

 こんばんわ。ドイツはやっぱりビールが安くておいしいです。ガソリンは1L=1.3オイロ(注、ユーロのドイツ語読み、日本円200円くらい?)しますが・・・
 
 こちらにはすごい法律(?)があって、夜10時以降は物音(特にシャワーの音)をたててはならないと言われています。翌朝は7時かららしいのですが。日曜日はとにかく静かに過ごす日で、洗濯や掃除など家事の音も控えるようにいわれています。さらに、平日でも日中1時から3時は静かに過ごす時間だそうです。洗濯物はベランダに干してはいけません。ベランダは美しい花々を飾らなくてはならないのです。だから、どこのおうちもとてもきれいにガーデニングがされていて、窓辺にはいつもきれいに花が咲いています。幸いに(?)もうちは道沿いに窓がないのでガーデニングの必要はないようですが。
 
 カトリックが力を持っているのか、これも法律で日曜日の営業が禁止されているので、おみやげ物屋やパン屋さん駅のお店以外はどの店もお休みです。だから、土曜日にしっかりと買い物をしておかないと大変なことになります。
 
 ドイツ人は真夜中、車が走っていなくても誰もみていなくても、信号を守ります。もちろん黄色は止まれです。電車の座席はできるだけ、進行方向に向かった席に座ります。ちょっとでも席が空いていたらどんなに狭くても座ります。

 電車の中には自転車が乗っていることがよくあります。犬も乗っています。料金を払えば乗れます。
日本ではみたこともないような大きな犬を連れて歩いている人を見かけます。犬を連れている人はとっても多いです。この犬が、信じられないくらいお行儀がいいです。ケルン大聖堂であったおじさんは大きな秋田犬を連れていました。その名は「オージー」よく聞いているとプリンスすなわち「王子」とつけられていたのです。
 
5月6日(土)

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ドイツの地図(がデュッセルドルフ)
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関係リンク
ノルトライン・ヴェストファーレン州州都(NRW)
・デュッセルドルフ市公式サイト

City map(市街地地図)
Webcam Marktplatz(市庁舎前マルクト広場・ライヴ映像)
デュッセルドルフ日本国総領事館公式サイト
デュッセルドルフ日本商工会議所
JETRO(ジェトロ) Deutschland
デュッセルドルフ日本クラブ
デュッセルドルフ日本人学校
デュッセルドルフ大学
ゲーテ・インスティテュート・デュッセルドルフ
在ドイツ日本国大使館公式サイト(ベルリン)
ドイツ政府観光局公式サイト(日本語)


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