旅にまつわる話・纏わらない話(その10)
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著名ジャーナリストで櫻井よしこさんという方がいらっしゃる。ニュースや政治などに関心のある方はご存知の方も多いであろう。私が彼女に会ったのはおそらく1987年の夏だったと思う。そんな昔のことをなぜ今になって取り上げるかというと、一昨日「北朝鮮拉致家族」の5人の子どもたちが「帰国」したからである。この「北朝鮮拉致関係」問題がマスコミで取り上げられるたびに、彼女のことを思い出すのである。 何分古いことなので定かではないが、日本船舶振興会?が年に一度、全国の教育関係者を商船三井の客船「にっぽん丸」に招待し、日本の周辺を航海し、船輸送や海運などの重要性を啓蒙宣伝していた。私は前年アルジェリアから帰国したばかりであったが、「海外」とか「船旅」に関心があったので、前年から参加していた。このシリーズはたいへん素敵なゴージャスな旅で、食べ物は良いしイヴェントは盛り沢山で、それでいて費用はほとんど招待側持ちという堪えられないものであった。この年は妻も誘って二人で参加することとし、横浜港に来ていた。 この船上研修シリーズのウリは単に船旅体験ではなく、避難訓練、海運関連講義、船上パーティーの他、豪華な講師、ゲスト陣による講演や座談会であった。その年の講師の中に櫻井よしこさんの姿があった。私は彼女の顔姿はすでに知っていた。当時NTV系の夜のニュースキャスターをされていたからである。 彼女のクールな、かといって決して冷たくはない堅実で理性的な語り口は、CNNやBBCといった外国有名メディアの女性キャスターと相通ずるところがあった。戦後日本のマスコミに登場する女性アナはおしなべて色づけのない感じでただニュースを読み上げるだけだし、女性解説者は子育て・子ども・家庭問題等に限って登場していた。また一部の民放系女性アナは男性アナの補助的役割で半ばタレント的な扱いで使われていた。 そういうなかで、櫻井さんはもともとアナウンサー出身ではなかったこともあり、仕事柄国際情勢を熟知して、なおかつ自分の視点が定まったうえでニュースを伝えていた。現在では国谷裕子さんを始めとして、英語で外国要人にインタビューでき、問題の核心にも触れることができる「安心して見ていられる女性キャスター」も増えてきた。そういう意味では、櫻井さんがその分野のフォアランナー(先駆者)であったといえよう。 さて話は船上に移る。私たち夫婦は船旅で恒例の「船長主催」の食事会では、意識的に櫻井さんと同じテーブルに座った。ありきたりのスピーチが済むと、テーブル毎のお喋りになった。私たちはテーブルの短辺の対面にいたので、自然と彼女と話しをしていた。テレビの実力派キャスターというわりには全く「偉ぶって」もいないし、むしろ自然体で話し方も「普通の会話」と同じであり、ユーモアも含んだその話し方は親近感をもたせた。しばらく話していると、彼女の人間味のあるキャラクターにすっかりうち解けてしまった。 そうこうしている内にやがて話題が変わり、彼女の顔が少し引き締まって次のようなことを訊かれた。「今北朝鮮に多くの日本人が連れて行かれ、帰れなくなっていることをご存知ですか?」「いえよく知りません。そういうことはニュースでも出ませんから・・」「じつは・・・・」と言って彼女は簡単に話を始めた。それは私たちが初めて聞くようなことばかりであった。古いことなので記憶が曖昧であるが、彼女は「国家主権が侵害された・・」とか、「このまま放っておいてはいけない・・」ということを言われたと思う。 拉致被害者家族による「北朝鮮による拉致被害者家族連絡会」の結成が、その櫻井さんの話より10年後の1997年3月だったことを思えば、彼女の先見性やすでに事柄を的確に客観的に把握できていたことは、今考えても驚くべきことと思われる。更にそれ以来、彼女はずっとこの件に関わり続けてきたそうだから、その信念も中途半端ではなく、やはりタダモノではない感がする。こういう「骨のあるジャーナリスト」が日本には何人いるのだろうか?毎日のように「拉致事件」関係の報道が伝えられる昨今、その度に「櫻井さんは今何をしているのだろう?」と思ってしまうのだ。 |