より転載

生活習慣病としてのがん─
がん専門医が考える「健康」とは
前国立がんセンター中央病院腫瘍内科医長・静岡県がんセンター緩和医療科部長  安達 勇

たばこの害を考える

 たばこはなぜ怖いのかということを、少し掘り下げてお話させていただきます。たばこは特に肺がんとの関係が強く、2000年現在では日本で6万6千人が肺がんで死亡し、それが2015年には12万、約倍になるのではないかといわれております。世界でも400万人が肺がんで死亡しています。

 今日のお話で強調したいことは、たばこの害は肺がんにとどまらず、いろいろな慢性の肺の病気(気管支炎、肺気腫)の原因であるということです。特に肺気腫ではそれで命を落とされる方も、最近かなり増えています。「たばこ1本で5分30秒寿命が縮まる」といわれておりますので、もしたばこを嗜好される方は、そういうご覚悟で吸われるとよろしいと思います。肺の解剖をみると、1日10本の喫煙者でもかなり汚れた肺になり、1日60本吸われる方ではもはや真っ黒で、肺にタール成分が隅々まで黒く沈着しております。自分の肺を鏡で見ることができるとよろしいですね。

 
肺がんとたばこ


図5
 図5は肺の構造と肺がんについてまとめたものです。われわれが息をすると、真ん中の気管を通り、気管支で左右に分かれ、その先の肺胞というところで酸素を血液中に送ります。肺がんの代表的なものに「扁平上皮がん」と「腺がん」がありますが、前者は気管の扁平上皮にそってできるもの、後者は肺胞の末端から発生してくるものです。

 気管支近辺の扁平上皮がんは、直接たばこの影響を受けやすく、たばこによる肺がんの発生率が高いといわれておりました。ですから喫煙人口の上昇に伴い、扁平上皮がんが増えると予測されたのです。ところが最近の国立がんセンター肺がん外科グループで1990年と2000年とを比較統計しますと、扁平上皮がんは25%〜15%に減り、一方腺がんが46%〜74%へと急増しています。


図6
これには、たばこが腺がんにも影響しているのではないかということもありえますが、もうひとつには、空気中の粉塵(ふんじん)によるものではないかとも考えられます。はっきりとした実証研究は少ないと思いますが、例えば朝方、昨日きれいにふいたベランダの手すりが真っ黒になって微細粉粒が積もっているというご経験をされる方もいると思います。東京都がディーゼル車の都内への進入を規制するのは、そういう点で非常にいい政策をしたのではないかと考えます。

とはいえ、「だから禁煙してもむだである」というお話ではなく、やはり喫煙本数が多いほど肺がん死亡率は高くなることが、疫学調査で明らかになっております(図6)。