5 ヴィーン市内の他の墓地にある音楽人の墓

 元文を書いてからちょうど3年後の2003年の3月22−23日に、マーラーとヴィヴァルディの墓を訪問し、位置を確認し写真を撮影したので、写真を差し替え文を追加変更した。

グリンツィンク墓地  Grinzinger Friedhof
  衛星写真と地図(Google)

 市電38番Grinzing行きで”An den langen Luessen ”下車、左手の道をまっすぐ徒歩5分くらいで墓地の鉄製正門に突き当たる。夕刻6時に閉門するので注意されたい。正門左に管理事務所がある。

グスタフ マーラー Gustav Mahler
          
(墓番号:6-7-1)

 墓は正門から見て左奥の6グループの7-1にある。角地にあり、背の低い生け垣に囲まれている。敷地約3m×3m位。 最上部に名前だけが彫られている縦長シンプルデザインである。


   

筆者写
 マーラーは、かなり生活の楽なユダヤ人の商人の父母ベルンハルトとマリーエとの間の12人の子どもの2番目として、1860年7月7日にプラハとヴィーンの中間にある都市イグラウの近くのカリシュトで生まれた。幼少からすばらしい音楽的才能を示し、2歳の時すでに数百の歌などを覚えていたという。(以下略)

  
(音楽之友社:標準音楽辞典)

 マーラーの曲には何か不思議な魅力がある。一番の「巨人」や「大地の歌」など、わたしの好きな曲も多い。特に同じユダヤ人の
ブルーノ=ワルターレナード=バーンスタインの演奏は、それぞれに良いと思う。それにしても、クラシック関係の演奏家は、ユダヤ人が非常に多い。(ピアノでは、アシュケナージ、バレンボイム、ルビンシュタイン・・・、ヴァイオリンでは、スターン、パールマン・・・・・、チェロでは私の大好きなジャックリーヌ・デュ・プレ・・・・)


シュピタール ゴッテスアッカー墓地 "Spitaller Gottesacker" Friedhof
        衛星写真と地図(Google) "Gottesackrer"は「神の土地」の意

 Uバーン1、2、4でカールスプラッツ駅で下車。南隣のRessel公園とカールス教会に面する好位置にある
 この墓地は現在は存在しない。したがって、墓そのものも消滅した。跡地のウィーン工科大学
  (Technische Universitaet Wien) 旧館の壁(カールス教会側)の左下写真の場所にプレートがある。



アントニオ ルーチョ・ヴィヴァルディ  Antonio Lucio VIVALDI


Antonio Vivaldi



ウィーン工科大学の壁にあるプレート
(筆者写)
Vivaldi's Memorial Plate on the wall
of Vienna University of Technology




指さした上にあるのが上記プレート
上掲2枚は2003・3・22撮影、追加、筆者写

 
 バロックの作曲家でヴァイオリニスト。最も有名な作品は「四季」。彼は司祭に任命されたが、ミサを執り行うのを拒否した。彼の埋葬は
シュピタール ゴッテスアッカー墓地で行われたが、そこは1783年に廃止され、その土地に1818年ウィーン工科大学が建設された。1978年にヴィヴァルディを埋葬したことを示すために、飾り板が大学の正面にはめ込まれた。死因は心臓発作。           (klassik.com部分抄訳)
 
・・・ベネツィア説が有力であったが、ヴィーンの貧民墓地に1741年7月28日埋葬の記録があったことから、現在では同年7月下旬に死んだと見なされている。 (標準音楽辞典)
 

 わたしはこの人の墓は、イタリアにあると思っていたので、ヴィーンと知って驚いた。一昔前の
「バロック音楽ブーム」は、彼の「四季」を、カール=ミュンヒンガーのシュトットガルト・オーケストラが、演奏したことから始まったと言われる。

 それまでは、今ほど見向きもされなかった作曲家、曲だったらしい。彼は多作で知られる。他にも、「調和の霊感」「ごしきひわ」などが良いし、他の各協奏曲も魅力があるが、特に弦の専門家らしく、弦楽器のものが秀逸である。

 また、
J.S バッハが、彼の曲をたくさん編曲して、作曲技法を勉強したことは、あまりにも有名である。つまり、「音楽の父」の父は、ヴィヴァルディなのである。だから、いわば「音楽の祖父」であろうか。それなのに評価が余りにも低いのは、不当ではないか。わたしは個人的には、彼を中央墓地の32Aブロック「名誉墓地」に入れてあげたいと思う。
 

 彼の曲は結構聴いた。「四季」は、ミュンヒンガーやローマ合奏団よりも、イ=ムジチの方が好きで、その多くの同曲の録音の中で、ヴァイオリンがフェリックス=アーヨのが特に好きだ。決して新しい録音ではないが、何故か聞かせる。テープが摺り切れるほど聴いた。それにしても、アナログ時代の「フィリップス」レーベルの録音は、音づくりがうまかった。名録音も多い。




                         (付録)ヴィヴァルディのプレートの向かって左壁には
ヨハンとヨーゼフのシュトラウス兄弟
                               このポリテクニークの学生だったと下のような記念プレートの表示がある

                                                
(筆者写)


 
以下は時間の関係で訪問できなかったので、おもに墓専門サイトFIND-A-GRAVEなどのホームページと音楽之友社「標準音楽辞典」から調べた。

ヒーツィンク墓地  Hietzinger Friedhof  →Find-A-Graveによるおもな墓一覧
      衛星写真と地図(Google)

 この墓地はヴィーン市内にあるが、二度のウィーン訪問でも時間の関係で訪れることは出来なかった墓地である。
この墓地はマリア・テレジアの夏の離宮、
シェーンブルン宮殿の近くにある(敷地内)。下のベルクの他に、シューベルトの最初の墓の墓碑銘を書き、ベートーヴェンのための追悼文を書いた劇作家フランツ・グリルパルツァー、オーストリアを代表する画家グスタフ・クリムト、高名な建築家オットー・ワーグナー等の有名人の墓がある。吉永小百合主演のドラマの主人公、クーデンホーフ光子カレルギー伯夫人(青山光子)の墓もここにある。

アルバン ベルク  Alban Berg


作曲家 (シェーンベルクの弟子)

(参考)写真は二葉ともFind-A-Graveより転載


 

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