天神山城
岡山県史跡 岡山県最大級山城 戦国大名・浦上宗景居城 岡山県和気郡和気町

天神山城がある天神山西峰390m 城は標高337m付近にある 左は天石門別神社 右は吉井川

戦国大名・浦上宗景(Wikipedia)



天神山城への登山道のひとつ 「和気美しい森」入り口


ヴィジター・センター 近くの城(跡)を意識した造り


「和気美しい森」の花壇 このサイトは宿泊研修・イヴェント・合宿・キャンプなどに使える オフィシャルサイトから予約できる


ヴィジター・センターから天神山城跡への入り口 猪防止柵と門がある


天神山(太鼓丸城跡)見取り図
案内板が古く劣化しているため若干の修正を加えた


曲輪周辺


軍用石 大石が転がる


太鼓丸城跡


太鼓丸城跡 下記のように元は天神山城より古い城であったという




太鼓丸の巨岩


太鼓丸からの景色 川と街道を見渡せる



<太鼓丸にあった天神山城俯瞰図>
天神山城(Wikipedia)




左端の本丸と下図右端の空堀が繋がります
 この城が細長い尾根上に伸びた壮大な規模であることが分かる



 注:大変古い看板で倒れて汚れているものを若干修復修正しました


上の石門


下の石門


亀の甲 戦闘用石積み


一部大きい岩が転がり足場の悪い所がある


堀切 ここまで結構長い下りが続いた ここを下ると麓の田土集落と繋がっている


南の段


南櫓台


馬屋の段


飛騨の丸下


飛騨の丸 宗景の重臣明石飛騨守景親の屋敷跡


本丸端にある天津社跡 築城時麓に移され、今は天石門別神社になっている


本丸
城主浦上宗景は毛利と結び勢力を拡大した また宗景は織田とも結んだが家中の宇喜多直家は反旗を翻した
直家は天神山城を攻めたが内応者もあり、城主は播磨に遁走した



反対側から見る本丸 連郭式山城の中心部

   
本丸にある城主「浦上宗景之城址」                       浦上氏後裔による記念碑の裏述


二の丸


長屋の段 武器、食料の櫓があった


桜の馬場 山城最大の曲輪 大手門がつく


大手門跡 櫓門で四本柱の上に矢倉を築いたもの


鍛冶場


三の丸 二の丸同様重要な場所 城主、または重臣(家老格)の屋敷があった


三の丸から見下ろす西櫓台(中央)と下の段(中央奥下) 城の縄張りはここまで

< ここより先の歩き方 >
1 「和気美しい森」から来た人は元の道を引き返す
2 下写真の河本地区から上がった人で車を置いてない人は「和気美しい森」を目指す
2 同河本地区から上がった人は近くの「天瀬侍屋敷」と書いた道を下り見学した後、国道を少し歩いて戻る
3 田土地区の登山道から登った人は元の二つの城間の道(堀切)を下りる


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< 本丸下方の「天瀬侍屋敷」の略地図 >

(元の図が大変劣化しています)
地図中、片上鉄道線は現在自転車専用道になっています


天瀬侍屋敷跡付近

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山の反対側の別の登り口脇にある天石門別神社 浦上宗景が築城時山上から当地に移したという 右は和気清麻呂像


河本地区の神社上の別の登り口 葛籠折れでけっこう上りが厳しいコースである


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