6 ハーブ・ガーデンのオーナー ローズマリー

 ロンドンから電車に乗って1時間少々で、ケント(Kent)州ステイプルハースト(Staplehurst)駅に着く。駅前にバスもタクシーも見あたらないほどのかなりの田舎町である。ガーデン・ウオッチングをしながら、駅から歩くこと40分くらいで、
アイデン・クロフト・ハーブ・ガーデン(Iden Croft Herbs)に着いた。看板に従って中に入ると、事務所兼売店兼ティールームがある。そこにいた老婦人に「こんにちわ。入場料はいくらですか?」と聞くと、「今はオフ・シーズンだからタダでいいよ」と元気な大きな声が返ってきた。この人がハーブ園のオーナーのローズマリーであった。面白いことに、彼女の名前からしてすでにハーブである。   
 
 趣味が高じて、
イギリスのハーブ園を見たかったわたしは、すでに日本で英国観光庁のサイトを開けて調べ、載っていた4つのうち3つに行くと決めていた。ここはその中で最も南で暖地にあった。ちょうど10月のオフシーズンで花も少なく、花の量はハイシーズンとは比べものにはならなかった。それでも、ドーヴァー海峡に近いここの空の色は、ロンドンのそれとは明らかに違っていた。

筆者(左)とローズマリー
(中央)と近所のバサマ
Owner:
Ms. Rosemary Titterington

 歩いているうちに、温室があったので入ってみた。中で若い女の子が苗の手入れをしていた。のんびり、ゆったりとした手つきだった。ここで働いているという。苗の種類とかいつ開花するとかの話をひとしきりした。あまり詳しくなさそうだ。
「ところで、君はハーブが好きなんですか?」と訊いてみた。答えは意外であった。 


  
A girl in the greenhouse  温室で働いていた女の子(筆者写)   

 
「そんなに。」好きでもないという。素直といえば素直だが、この田舎町では若い女性にとって、自分が望むような職業がないのであろうか。わたしは、自分が予想した答えと違っていたので、力が抜けてそそくさと温室を出た。時間をかけて園内をひととおり見てから、最初の事務所に帰ってきた。やはりオーナーが、数少ない客に説明をしていた。やがて客が出ていったので、話しかけてみた。日本から来たというと、この時期は日本人は少ないという。「でもハイ・シーズンは、日本からツアーもやって来る」という。旅行会社主催のものと、「ハーブ研究家」のグループのとがあるそうだ。棚の上から、日本語で書かれたハーブの単行本を出してきて、中の写真を見せてくれる。中央に彼女が写っている。
「この著者の日本人ハーブ研究家は、毎年ここに来るので仲がいいのよ」と言う。

 こんなに大きなハーブ園であるが、彼女一代で作ったのだそうだ。三十数年前、この土地が売りにでていたので見に来たら、「壁に囲まれた場所(ウオールド)」が気に入って買った。相当手を入れて現在の形になった−という。何れにしても、気に入ってすぐ決断し買える人が、うらやましいかぎりだ。

「わたしは特に奥にある壁に囲まれた区画(ウオールド・ガーデン)が、大層気に入りました。」というと、良いところに気づいたね、といわんばかりに話し始めた。ここに来る人は、みんなあそこが気に入って帰る。悩みがある人がしばらくあそこにいて、吹っ切れて帰っていくと話してくれた。ここに来た病気の人が何人も良くなったとも言った。ハーブの治癒力であろうか。   

         ウオールド・ガーデン(筆者写)   Walled Garden   

 
彼女は大変話好きで、会話の中にもジョークとかことわざらしいものも出てくるが、残念ながら私の英語力では、理解できない部分もあった。ハーブのことを話すときの彼女の顔は、大変生き生きしている。女性の歳は分からないが、おそらく七十も後半ではないだろうか。

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(犬は愛犬Gemma)
驚いたことに、その彼女がこのハーブ園
のホームページ(左)を自分で作ったという。
この歳で、コンピューターを使いこなすのである。
娘時代からキカイは大好きだったという。
わたしもあとで見たが、大変良くできていた。
しかも、苗、種の「通信販売」もして、
世界中と取引があるらしい。
何でも詳しい人である。
彼女の頭脳の明晰さも
ハーブのおかげかもしれない。

 話していると、ハーブによって人々の健康や人生に寄与したいという彼女の気持ちが、ひしひしと伝わってくる。そもそも、人と話をすること自体が楽しいようだ。わたしもハ−ブを栽培しているので、興がのって話が延々と続く。長いこと話しこんだ後、お礼を言ってガーデンを後にした。「かならず帰ってくるから」と言い残して。

 帰国後、「いろいろ教えられて勉強になった。ありがとう。そしてメリークリスマス」と写真を添付したお礼のメールを打った。しばらくして返事が来た。「貴方のことは今でも大変よく覚えているが、これからも決して忘れませんよ。」と書いてあった。さらにもうひとつ、「貴方は自分の家のハーブガーデンが小さいと言うが、小さすぎる庭というのはありません。ただその場所にふさわしければいいのですよ。」と書いてあった。「庭は広さではない」という彼女の哲学が見えるようだ。思い出しても、あのガーデンは本当に
「自然体」であった。