ベネルクス三国 縦断ドライヴ 2006 Vol.1

DAY 1 空港ビルのトランジット・ホテルに泊まる
神戸空港から関西空港への連絡高速艇「ベイ・シャトル」
ふつうJRまたは高速バスで関西APまで行くが、神戸空港が出来たので、今回初めて高速艇を利用した
ネットで予約できるが、繁忙期以外は予約がなくても乗れる 所要29分

「ベイ・シャトル」:海上アクセス公式サイト


関西空港の大韓航空A330機
時間がある時は、いつも「カード・ラウンジ」でゆっくり時間待ち 時間がきたら、宅配便で先送りしていた荷物を受け取る
夕方の便なので、ただ移動するだけである


大韓航空A330機から見る日没
一時間ちょっとの国内線なみの短い飛行で、機内食も日韓路線はあっさりと「冷製」 取り立てて書くこともない




(C)Airgarden Transit Hotel
インチョン空港の旅客ターミナル4階にある「エアーガーデン・トランジット・ホテル

他国へのトランジット客は「出国手続き」をしないまま、そのまま休憩・宿泊できる
HPからファックスで日本から予約できるが、ふつう空いているので予約は要らない


私たちの大韓航空(KE)のアムステルダム行きは、その日の内に時間的に乗り換えできないので、
このホテルを利用することになった 部屋は狭いが、空港内にあるので買い物やレストランなど便利である
また、空港ビル内にあるのに意外と静かで、ジェット機の金属音や爆音はほとんど聞こえず、快適であった
ここは移動時間も短いので荷物が多くても大丈夫だが、洗面道具を残して荷物だけは「スルー」の方がよい

親切なインチョン空港の係員のこと

関連日本語サイト: インチョン(仁川)国際空港 大韓航空(コリアン・エアラインズKE)

  










DAY 2 あっ、ホテルの非常口がない!
インチョン空港の旅客ターミナルから滑走路をみる
今日も天気は薄曇りだが、風がないので揺れずにすみそうだ

H
インチョン空港のレストランで軽く朝食をとる
私たちが泊まったホテルは「素泊まり」なので、階段を下りて出国ロビー階の店舗で朝食を撮る
全くの手ぶらで空港内を歩けるところが良い この空港の嬉しいところは、韓国料理だけでなく
日本(風)料理が食べられることである 私たちの大韓航空「アムステルダム行き」は11:46なので、
軽いのをたのむ 日本の「大衆食堂」にある物はたいていは食べられる 写真は「のり巻き」定食である
これの説明は「ブログ・このたびのたび」にある ・・というわけで、「安い、早い」の空港食である


インチョン空港を飛び立ったばかりの窓からは巨大な遠浅の海岸が見える
「インチョン(仁川)」といえば、中高年で歴史が好きな方は、「朝鮮戦争」の「仁川上陸作戦」を
思い出すだろう ・・といっても若い人にはまったく何のことか分からないであろうが、この戦いで
戦況は一転した。なるほど干潮時にはたいへんな干潟が姿を現す 埋め立ても関空より楽であっただろう


大韓航空「名物」のビビンバ
格安航空券がたくさんある中、私たちが大韓航空を選ぶのには訳がある それはこのビビンバだ
「アホか、このオッサン」と思われるだろうが、もちろんそれだけの理由ではない しかし、イケテルのだ
朝食を軽くしているのはそういう理由だった これは1998年度「世界機内食協会」のコンテストで、
最優秀の金賞を獲得したスグレモノなのである。これがビジネスクラスだとさらに良い(らしい)
これの説明は「ブログ・このたびのたび」にくわしく書いてある


アムステルダム・スキポール空港へ向かって降下中のA330機
さすがに「干拓の国」オランダは、遠浅の湖と埋めたて地の堤防が手に取るように見える


アムステルダム・スキポール空港へ着陸態勢に入った機
張り巡らされた水路と遊水池、密集する人家、きちんと区画された農地・・こういう景色は日本で例えるなら、
やはり「干拓」でしられる有明海沿岸であろうか さすが日本の干拓の「大先輩」という貫禄である



オランダの「空の玄関」・アムステルダム・スキポール空港の「玄関」
シンガポール・チャンギ、ミュンヘン空港などと並び、「世界の快適空港」のひとつとされるこの空港は、
外観がオフィスビルと同じ反射ガラスなので、景色が映されてなかなか好印象である 免税店の数や
売り上げは世界でもトップクラスの三位、免税品が安く買える順位ではドバイ空港に次いで第二位だ
オランダは小さい国だが、スキポールはヨーロッパのみならず、世界でも有数の空港といえる


スキポール空港(オランダ政府観光局公式サイト・日本語) スキポール空港(空港公式サイト・英語)


「非常口」もない非情なホテル

 アムスのホテルは「三つ星」といわれていた。実は日本で早くから予約していた「やっと取れた四つ星のホテル」は、直前になってホテル側から突然一方的に「ドタキャン」されて、困った日本側エージェントが「何とか探してくれたホテル」だった。折しもこのシーズンは、ヨーロッパ各都市で国際会議やらなんやらが集中し、町中はもちろん空港周辺にも空き部屋はまったくなかった。旅行会社からは「差額料金返却」の約束といっしょに、お詫びにと「ホテルとスキポール往復のタクシー代は払います」という約束ももらっていた。

 ところが、タクシーで着いたその三つ星ホテルは、港に近い古い地区の古いホテルで、学生の団体が泊まる安いホテルだった。私たちは部屋に荷物を置いて、いつものように「非常口」を探したら、「非常口」のサインはあるが、歩いてゆくとドアはあるが錆び付いて開かないまたは鍵がかかっている状態−であった。つまり、外のテラスには出られるが、ホテル外には逃げられないようになっていた。

 さっそく一階に下りて、カミさんがそのことを言うとと、カウンターにいた若い女性は、「あれは外から(変な)人が入らないように締めてあるのだ」と言った。カミさんは「火事になったら自動的に開くの?」「それはない・・・」そして壁をさして、「大丈夫、この紙を見ろ」という。そこには消防署のだろうか、なにかの「検査合格証」が貼ってあった。しかし、オランダ語だから読めない。「ほらね」女性は言った。「これ以上何の文句があるの?」といわんばかりの顔だった。

 そばに居たどう見てもオランダ人らしくない外観のオーナー(またはマネージャーらしい)男性は、さっきからその女性にオランダ語でブツブツと説明している。それを聞いて女性は何か言う。さっき私がチェックインした時には、彼はまあまあ英語を喋っていたのだが、なぜか急に英語を使わなくなった。そうこうしていると、他の客が入ってきた。私たちは「一泊だけだから・・」ともう諦めて部屋に戻った。「火事は今晩は起こらないと信じるしかないな」そういう宿だった。

 あれで本当にアムステルダムの関係機関が「検査した」というのなら、これは大問題である。「観光立国」のオランダとしては、かなり点数が下がる。またホテル側が、検査の後でまた鍵をかけているのならこれも大問題。むかし、日本にも似たような「事件」があった。死亡者が出て、初めて大問題になり、「改善」されてゆくケースが多い。オランダは観光にたいへん力を入れ、世界中から観光客を集めている。今ではチューリップなど農産物の輸出で稼ぐより、観光客からの収入の方が多くなっているという。つまらないことで、評判が落ちなければいいが・・・。


(泊まるのを絶対お勧めしないホテル)
ニュー・スロタニア・ホテル
Nieuw Slotania Hotel,
Slotermeerlaan 133, Amsterdam
(直前に一ヶ月前の予約を「ドタキャン」したホテル)
ノヴォテル(ノボテル)
Novotel,
Europaboulevard 10, NL1083 AD Amsterdam

  








ベネルクス三国・ドライヴ・マップ
DAY 3 「締め切り大堤防」見学/宿を探して行ったり来たり数十キロ!
スキポール空港-アルクマール観光-締め切り大堤防-アルクマール泊
空港のハーツ・レンタカーで車を受け取り出発
朝9時、借り受け手続きを始める 意外に手間取る また空港売店で道路マップ購入して、スタートは9:49
アムステルダムの環状道路に向かう。久々の「左ハンドル」なので、すべて「恐る恐る」である ウィンカーとワイパーの
スイッチ位置が逆なので、右左折しようとすると、「勝手に」ワイパーが動き出す始末 道路が広いから、危険はないが・・

レンタカー積算計:5699km=今回ツアーのOkm

アムステルダムを抜けて、地方道を通ってアルクマールへ
アムステルダムの環状道路の出口を間違えて、他の町方面の道に入る また引き返してやり直し
日本ではカーナビに慣れてしまって、長い間道路マップを見なれていないのと、
日本の道路マップと表現が違うので、どうにも始末が悪い 道路標識はしっかりしているので、
要は慣れの問題だ ところが、レンタ・カー事務所の係りが勧めてくれたおとぎ話のような村、
ザーンセ・スカンスの入り方を標識見落としで間違えて通過してしまった 日本のツアーでも
あるくらい有名だが、仕方なくここはパス 諦めて「チーズ市」で有名なアルクマールへ向かうことにした

A4-A9

「チーズ市」の町・アルクマールを歩きまくる
アルクマールは落ち着いた地方都市である 11:15着 観光船が発着する運河脇のPに車を止め、旧市街中心に向かう
さすが観光都市だけあってPはタダではなく、駐車券販売機がある 歩いてゆくと、写真のような露店が並ぶとおりに出る
ラッキーなことに、たまたまその日は「オープン・モニュメント・デー」で、日頃入場料がいる施設では無料であった そこで
市役所を見学したが、中に「旧牢獄」があり、拷問道具があったのには驚いた その後、プロテスタントの聖ロレンス教会を
訪ねた ヴァーフ広場の「計量所」はもと教会で、「オランダ・チーズ博物館」が併設されている そこもその日は入場無料
「オランダ」とか名乗る割には、シンプルな展示である ここの前にある広場で、有名な「チーズ市」が開かれる 「エダム」
とか「ゴーダ」とかいった日本でも知られるチーズも登場するようだ 小さな運河をゆったり走るボートは家族連れが多い  

くわしい写真:「オランダ・チーズ博物館の町・アルクマール」

アルクマール駅で換金
空港で入国時に300ユーロ換えただけなので、そろそろキャッシュが少なくなってきた 
旧市内から少し離れた駅まで行き、換金する 土、日、休日でも換金できるのは、
空港の銀行と駅のトラヴェレックスのカウンターだけである これは旅行者にはありがたい
100ユーロを交換

アルクマールから「締め切り大堤防」へ
アルクマールから一路「締め切り大堤防」へ向かう これは「昔あったゾイデル海を大堤防で締め切り、内部を淡水にして干拓を行い、ポルダーをつくって農工業を行った」・・・と学校で習ったあの大堤防である 「ポルダー」という単語は、よく高校入試の社会科に登場した ふつうの観光ツアーにはたぶん入っていないコースだが、筆者はわが郷土岡山の「干拓地の大先輩の堤防」として、ぜひとも見ておきたかった 写真はその途中の様子である 馬や牛の牧場が多いので、「酪農の国」というキャッチフレーズは十分伝わってくる 道路は広くはないが、交通量が少ないので、運転は楽である。

この国は十字路は少なく、「ランナバウト」という円内を回って希望の方向に出るタイプの交差点だが、このあたりまで運転してくると、それにも慣れてくる 要は、
左から来る車を優先させればいいのだ こういうタイプはフランスや他の国でも多くある 「ある運転の下手な日本婦人が、パリのエトワール広場(凱旋門のある広場)の交差点(ランナバウト)で、いったんその中に入ったら、続々と外から入ってくる他の車に取り囲まれて、一時間以上出られなくてぐるぐる同じ場所を回り続けていた」−という話がまことしやかに流れるくらい「慣れ」が必要だ 同時に、瞬間判断力と気合いも必要だ

地方道で見られる運河にかかる「はね橋」
この国の運河は大小合わせていったいいくらあるのだろうか?きっとスゴイ数になるだろう
これも船がくると、信号と警戒音で通行車輌に知らせて止め、橋が上がってゆくという仕組み
船が通り過ぎたら、橋は下がりまた車が走り出す-という日本ではほとんど見られない景色である



「締め切り大堤防」到着
デン・ヘルダーに向かうN9を、途中でデン・エーファー方面に曲がる 地方道といってもこの道は、
北ホラント州都市とドイツに近い都市フロニンヘンを繋ぐ道、幅もけっこう広く交通量も存外多い

17:06 堤防に入る (アムス・スキポールから135.2km)

「締め切り大堤防」中央部のモニュメントの跨線橋から見た堤防上の自動車道
(堤防の左がヴァッデン海、右がアイセル湖)

この写真で、日本の干拓締め切り堤防上の道路とのスケールの違いが分かる

17:15 堤防中央部のモニュメントでP停車・写真 

「締め切り大堤防」中央部のモニュメント駐車場の記念ブロンズ像、干拓の象徴
このあと、さらに走って堤防を向こうまで渡りきった地点でUターンし折り返す
18:03 161.9km

くわしい説明:「尻が光る堤防のブロンズ像」

宿を探し回って暗くなっても走り回り、結局元のホテルに戻ったオバカな私たち
18:34 大堤防から同じ道を戻りながら宿を探し始めた アルクマール手前まで戻ると、「道の駅」のような所があって、写真のホテルがあった。 駐車場は広かったが、四つ星で少し高かったのでやめて、近隣で安い宿を探すことにした 近くの村で訊ねても、答えは一様に先ほどのホテルばかり さらに南下して、とうとうUtigeestまで何十キロも走ってしまったそれでも、レストランはあっても宿らしい物は見あたらず 結局また同じ道を引き返して、写真のホテル・アケルロート(Akerloot)に到着 273.4km 部屋はあったが、すでにあたりは真っ暗で夜9時を過ぎていた 部屋に荷物を置いて、客も減ったレストランで遅い夕食 ホテルの設備、部屋の広さはさすが四つ星レヴェルで、久しぶりに気持ちよく入浴・睡眠 「金を出せば快適が買える」と判明 それにしても、ああ〜〜つかれた!


  











ベネルクス三国・ドライヴ・マップ

DAY 4 ライデン大学・植物園・日本庭園でシーボルトに会った
アルクマール-ハーレム-ライデン
コーヒーをおごってくれたスタンドのおばさん <初給油、24.83L.(E38.01=E1.289/l)>
  朝9:18ホテル発南下 途中、給油のためHeemskerkの町中に入る ガソリン・スタンドに入るが、「セルフ式」でよく分からない 中に入ってカウンターのおばさんに訊ねる 見ていると、日本のセルフ式とほぼ同様のやり方で、意外と簡単であった            

 オーストラリアと同じく、コンビニ風売店が付属している この国は日本のような「コンビニ」がないので、地元の人も来るのだろう ガソリン代を払ってから、私はコーヒーメーカーを見ながら、「コーヒーが飲みたいがどうしたらいい?」と訊く おばさんはレジからコインを出して、「こう入れるのよ」と入れて一杯くれた 「お金は?」「いいのよ、次からは自分でやってね」 いい人だ 日本ならこういう訳にはいかない それにしても、英語が達者である ここまでのところ、出会ったオランダ人は、みんな英語が上手い さすがに「姉妹語」である 朝食がまだだったので、そこでサンドや飲み物を購入し、写真も撮った(上)



国道沿いにならぶ新旧の風車
オランダはちょうど偏西風地帯にあるので、年中西風が強い 現在も風力を使う発電がさかんである


ハーレム:グローテ・マルクトの聖バフォ教会(15c・カトリック)
ここのオルガンを10歳のモーツァルトが弾いたというので有名
12:42 376.2km

内部写真リンク:北ホランド州の州都・ハーレム

ハーレム:グローテ・マルクトの旧肉市場
現在はフランス・ハルス美術館別館デ・ハーレン


ハーレム:グローテ・マルクトの市庁舎
14Cのゴシック様式、左階段上はルネッサンス様式 内部の装飾は歴史を感じさせる


運河でのヨット遊び
ここの子どもたちは小さい時から、ヨットに乗って操縦を習う モーターボートを走らせる家族も多い



ライデン・セントラル・ステーション
ここの旧市街は一方通行など道が複雑で思い通りに進めず、なんどもトライしてやっと駅に着いた
16:30


ライデン・セントラル・ステーションの両替所Travelex
ここのGWKTravelexでT/CE100をキャッシュ化する このチェーンは休日も開いており、どこも同じ手数料で安心
T/C100




ホテルの階段
ライデン・「フォン・シーボルト旧邸」前にあるホテル
「地球の歩き方」にあったホテルで、エレヴェーターはなく古い建物だが、雰囲気はよい
「歩き方」を見せると値引きしてくれた 車を前の有料Pに留め、部屋に荷物を置いて市内を散歩 
17:40 440.4km

<くわしい写真>オランダ最古の大学町・シーボルトゆかりのライデン

ライデン:ライデン大学
1575年に作られたオランダ最古の名門大学 フォン・シーボルト縁の大学でもある


ライデン:ライデン大学付属植物園内日本庭園にある「フォン・シーボルト胸像」
日本庭園は小さな物だが、像の後ろには彼が愛した紫陽花がある ドイツ人・シーボルトは日本西洋医学の師といえる


ライデン大学わきの運河そばにあるレンブラント像
ここで生まれたレンブラントはライデン市民の誇りである





レンブラント広場:レンブラント生家跡前建物の壁にあるプレート

レンブラント広場:「なんじゃこれは?」 生家跡地にこんな不思議なオブジェが・・


レンブラント広場そばの跳ね橋(左)と風車
運河の橋下の船の「交通量」は多い


レンブラント広場そばの跳ね橋とボート
大きな船と違って、ボートやカヌーの場合は跳ね橋は上がらず、通行者はそのまま渡る



運河でカヌーイングをする女性
同じ運河で大きな船とも共存している 運河との関わりは生活の一部だ

旅のイマージュ・ライデンの運河の薄暮

 

夕食は近くのレストラン"Verboden Toegang"で、やや甘口の豚リブステーキ、うんまい地ビールと合いまっせ!
(右の皿はカミさんの分)


ベネルクス三国・ドライヴ・マップ

  

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