戦後のドイツ軍はどうなったの?(戦後の枢軸側の処分は?)
 国際軍事法廷(裁判)にかけられる元ドイツ軍指導者たち(1946)
ニュールンベルク裁判(軍事法廷)


National Archives - Film
Copyright (C) United States
Holocaust Memorial Museum,
Washington, D.C.



戦争犯罪とは?」「平和と人道に対する犯罪とは」
起訴された者
軍総司令官ゲーリング、リッペントロップ外相らナチスドイツの指導者24名
翌年10月の判決:絞首刑(こうしゅけい)12名、終身禁固(しゅうしんきんこ)3名、無罪3名



 ニュールンベルク裁判以外のアウシュヴィッツ関係の「BC級戦犯」

 ルドルフ・ヘス
 アウシュヴィッツ強制収容所長
後に連合国からポーランドに引き渡され、1947年4月2日に死刑(絞首刑)が宣告され、
同年4月16日、
旧アウシュヴィッツ収容所火葬場の入り口前で刑が執行された
(Wikipedia)

 ハインリヒ・ヒムラー 親衛隊総司令

イギリス軍のリューネブルク捕虜収容所に収容された。1945年5月23日収容所の取調べで
偽名が暴かれると隠し持っていた
青酸カリのカプセルを飲んで自殺(Wikipedia)

 アドルフ・アイヒマン ゲシュタポB4責任者
米軍に拘束されたが、1946年捕虜収容所から脱走。名前を変え南米アルゼンチンに家族と共に定住。イスラエルのシークレットサーヴィス・モサドの根気強い追跡で、1960年5月逮捕され、イスラエルに護送される。エルサレムの裁判で15の罪名で死刑宣告され、1962年刑務所で絞首刑が執行された

「BC級」裁判、戦争犯罪のくわしいことは下のサイトで(専門家によるサイトです)
 参考リンク:ドイツのBC級戦犯裁判はどうだったか ドイツ現代史一問一答
                            (共に「ドイツ現代史を訪ねて」HP・リンク被許可済)

(参考資料)
「ドイツ第三帝国」の同盟国・ファシスト党のベニト・ムッソリーニはどうなった?
ムッソリーニ失脚、そして殺害される
 
映像(注:残酷シーン(1943)
出典:IPA「教育用画像素材集サイト」
(参考資料) 
「ドイツ第三帝国」の同盟国 ・ 大日本帝国指導者たちの処分は?      


東条英機 
Wikipedia,Japanese
連合国による「極東国際(東京)軍事裁判」にかけられ、東条英機(とうじょうひでき)元首相らは判決で7人が絞首刑(こうしゅけい)、16人が終身刑などを宣告され、後日執行(しっこう)された。



アウシュヴィッツ強制収容所
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