岡山の古墳・遺跡・山城(トップページ)
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岡山県ベスト3の前方後円墳


造山(つくりやま)古墳 (岡山市北区新庄下)



古墳時代5世紀前半の前方後円墳 全長350m 日本第4位、岡山県第1位



作山(つくりやま)古墳 (総社市三須)



古墳時代5世紀中頃の前方後円墳 全長282m 日本第10位、岡山県第2位



両宮山古墳 (赤磐市穂崎・和田)




古墳時代5世紀後半の前方後円墳 墳丘全長206m 水のある内濠と消滅した外濠 備前地域で最大 
岡山県では第3位



(赤磐市山陽郷土資料館展示)


岡山県三大巨石墳



箭田大塚古墳 (倉敷市真備町)



古墳時代6世紀後半~7世紀の円墳 墳径54m 石棺3基



箭田大塚古墳の石棺



こうもり塚古墳 (総社市上林)



古墳時代6世紀後半の前方後円墳 全長100m



こうもり塚石棺



牟佐大塚古墳 (岡山市北区牟佐)



古墳時代6世紀末 円墳 墳径40m(現在30m) 家型石棺




牟佐大塚古墳の石棺


その他の主な古墳


楯築古墳・王墓山古墳群(倉敷市)



楯築古墳の巨石群(弥生時代)



操山古墳群(岡山市)



沢田大塚古墳 円墳 直径16m 岡山県三大巨石古墳の先駆古墳 古墳時代後期



中山茶臼山古墳(岡山市吉備津)



「御陵」(伝大吉備津彦命墓) 宮内庁管理 前方後円墳 全長120m



岡山県の主な遺跡


備中国分寺



聖武天皇縁だがのち廃寺になり、戦国武将清水宗治が再興、一時衰微したが江戸中期再建 五重塔も江戸期のもの 国分寺跡としては国史跡 総社市上林



備中国分尼寺



国史跡 備中国分寺から歩いて行ける場所にある 主な遺構は礎石が中心  総社市上林



備前国分寺



古代山陽道に沿って造られた備前国分寺 北面回廊(手前)と講堂(奥) 左奥が国分寺八幡宮 赤磐市





備前国分寺 伽藍南東の七重塔心礎 今は石像七重層塔があるが当時は木造七重塔が建っていたという




賞田廃寺



国史跡 古代吉備豪族・上道(かみつみち)氏の氏寺 岡山市北区



熊山遺跡



国史跡・奈良時代の仏教遺跡・熊山遺跡は古来より信仰の対象となっていた熊山の山頂508m付近にある仏塔跡  赤磐市



備中高松城水攻めの堰き止め堤跡



豊臣秀吉による毛利方清水宗治の高松城水攻め堤防が残る蛙ヶ鼻
上の堰き止め堤跡が僅かに残るが、これも鉄道工事で土を取られた後で元は倍の幅であったらしい 岡山市高松



岡山県の主な山城


古代山城・鬼ノ城 (総社市)



朝鮮での「白村江の戦い」大敗直後の緊張した時代が感じられる古代山城・日本百名城第六十九番 標高397m



高越城祉 (井原市)



備中伊勢氏居城 伊勢新九郎(のちの北条早雲)生誕地 標高172m



常山城 (岡山市・玉野市)



岡山平野を見下ろす場所にある 標高307m 当時は手前の陸地は入り海であった



常山城 城から出て戦い全員が討ち死にした「常山女軍」の墓



下津井城 (倉敷市)



本丸西石垣 この上にある小さな天守台は標高89m 瀬戸内海を見下ろす眺望の良い城である
築城は宇喜多秀家 城は江戸期1639年の一国一城令(廃城令)後に破却
城主池田氏(岡山藩池田氏家老)は備前国天城(あまき)に陣屋(三万二千石)を構える




備中松山城 (高梁市)



国史跡・国重要文化財 現存十二天守でもっとも高い標高430mの山城 最近は「日本三大雲海の城」でしられる



津山城 (津山市)



平山城 別名・鶴山城 日本百名城・日本さくら百選・日本歴史公園百選 織田信長家臣森蘭丸弟の森氏-松平氏



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